習熟
自前での逓送に習熟する駅逓司。
1870年(明治3)5月10日駅逓権正に就任した前島密が、御用の仕立飛脚の料金単価があまりに高いのに驚くとともに、同額の支払総額を官営郵便用に振り向ければ、より効率的に事が運ぶと考えた話は有名であるが、5月19日の民部.大蔵両省会議に前島は、「仕立飛脚法改正」に着手したいと申し出、6月2日の同会議に、「試験妾々先東海道筋西京迄66時大坂迄三十9時限之郵便毎日発行」したいとして、「新式郵便之仕法」を提案した。
翌71年(明治4)3月1日から実行されることになるこの提案自体は、「公事私用二不拘低価ヲ以テ継送」(『駅逓明鑑』郵便上、=二四頁)するところに画期的な意味があるが、提案が出てくる具体的契機はあくまでも公用通信の迅速化.低廉化にあったのです。